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大冒険家dokuhuntのブログ

車中泊中毒者のdokuhuntが日々のストレスと戦いながら毎週ネットラジオを更新し続けるブログです。ネットラジオは水曜日0時更新です

150522/ゲヱセン今昔物語 黎明期はフリーダム! その②

150522/ゲヱセン今昔物語 黎明期はフリーダム! その②

 

ゲーセンのことを書いてたら楽しくなってきました。


改めましてこんばんは
大冒険家のdokuhuntです。

 

さて、本日もゲーセンについてです。

ゲーセンと言えばセガなんで、知っている限りでセガの立ち上がりを書いてみますね。

 

セガは元々はアメリカの会社で、米軍基地にスロットゲームやジュークボックスを卸していたそうな。そして中古スロットやジュークボックスをキャバレーに転売することで成長してきたとか。

 

そこそこいい売り上げを出すようになったころに、副社長やっていた中山隼雄氏が故CSKの大川社長よりお金を貸してもらって完全に日本の会社にしたのが始まりだそうで。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E9%9A%BC%E9%9B%84

ちなみに隼雄さん。最初は戦闘機で戦うゲームだったスペースハリアーを「人間で行け!」と路線変更を行わせて大ヒットに導いた結構なキレもの。その後もキレッキレな運営でセガを切り盛りします。


その後、インベーダーゲームが大ヒットして社会現象になったころ、コピー基板を作り喫茶店において小銭を収集。小銭と言っても喫茶店一つで一日数百万円入ったそうで利益率はトンデモなかったみたいです。

 

名だたるゲーム会社、タイトーナムコカプコン任天堂もこのころにコピー基板をガンガン作って会社の基礎を作ったんですね。

 

そして、たまったお金でゲームだけをするゲームセンターってのを各社で作るようになったのがゲーセンの始まりです。

 

昔は何にも法律の規制が無かったので24時間営業当たり前で大そう風紀を乱していました。不良がたむろするようになったのもこのころからです。

ゲームもどこの会社もパクリパクられ、コピーし放題の無法地帯。ナムコゼビウスがヒットすればバトルスというパクリゲーが。マリオブラザーズがヒットすればマサオブラザーズが(笑)そんな感じで黎明期はカオスな時代でした。

 

ゲーム事件簿#1

 

 

この後さすがに野放しはあかんと政府の法規制が入ります。

そこでパチンコと同じように風俗営業法の規制を受ける時代に入ります。なんで、ゲーセンは風俗店です(笑)

 

この後、時代はバブルに突入していきます・・・