君の人生は満たされているか?ちょっとした幸せに妥協していないか?/151020/オタク=リア充論に対する一考察とか
改めましてこんばんは
大冒険家のdokuhuntです。
さて本日のお話はこちら
リア充オタク=ニワカ論争についてです。
なんだかな~と思いつつも自分の意見を書いてみます。
ちなみにおっさんなので、オタクという言葉が生まれる前から生きています。実際にオタクというワードが生まれる以前は現状「オタク」とよばれる人種は存在していなかったのか?いえ、普通にいました。
とある物事に集中して知識を保有している一般人
上記をどのように言っていたのか?
なになに博士とかそんな風に話していたと思います。
カメラに詳しい=カメラ博士、鉄道に詳しい=鉄道博士みたいな感じです。
そして世にオタクという言葉が誕生して以降は全て「オタク」で統一されてしまいました。
この言葉は便利でしたね。知識で自分を上回る人物に対して自分を貶めず、あまつさえ低く見積もりながら語れるってのが万人に受けたのでしょう。一気に広がりましたね。鉄道博士は鉄オタにアニメ博士はキモオタに・・・これは違うかな。
自分の感覚ではこんな感じです。
人からオタクと言われる分には人それぞれですから言いたい人には言わせておけばいいと思います。しかし自らがオタクを名乗るのであれば、たった一つ条件があると思います。
それは、何か?
幸せであることです。
幸せとは何か?自分が幸せと思っていることです。
鉄道にさえ乗っていれば幸せ、アニメ見ているだけで幸せ、サッカー見てるだけで幸せ
本気でそう思えるのなら、オタクを名乗っても良いと思います。
そうすれば、本人が幸せである以上、リアルで充実している訳ですから
オタク=リア充
の公式が成り立つと思います。
その物事をやってて辛いと言うならば、それはオタクじゃあないと思います。単純に趣味に行き詰っている人なだけかなと。
なので、自分は飲み歩きオタクだし車中泊オタクを名乗れる資格はあると思います。
ちなみに表題は「超人機メタルダー」のオープニングテーマから取ってます。